熊谷市

桜堤

桜堤
熊谷桜堤と菜の花
江戸時代から桜の名所として知られ、日本さくらの会の「日本さくら名所100選」にも選ばれています。荒川の土手沿いに約500本のソメイヨシノが2kmにわたり咲き誇る様子は壮観。

交通の利便性に加え、豊かな自然とおいしい食べ物がある子育てしやすい熊谷市

熊谷市の特徴

交通の利便性に加え、豊かな自然とおいしい食べ物がある子育てしやすい熊谷市

新幹線が利用でき、東京駅まで39分、また、東北道や関越道等のICまで30分以内と、交通アクセスが良く、ショッピング施設も充実している便利な街です。利便性が高いだけでなく、利根川や荒川などの水辺に囲まれた自然豊かな環境を有しています。地下水が豊富で水道水のおいしさが有名ですが、そのおいしい水を使ったかき氷「雪くま」は、市内外のお客様から愛されています。さらに、食材の宝庫でもあり、新鮮で栄養たっぷりの野菜や米、麦などが安く手に入ります。 ラグビーワールドカップ2019開催都市として「ラグビータウン熊谷」を世界に発信し、大会後も、熊谷ラグビー場では、日本代表戦やトップリーグの試合が数多く予定されていて、スポーツを実践・観戦しやすい環境が整っています。また、子育て環境も充実しており、子育て支援拠点が市内に19か所あります。教育面でも、全国学力・学習状況調査結果の小中学校総合順位が県内1位(政令市を除く。)と、よく遊び、よく学べる環境が整っています。1年を通してたくさんのイベントや祭りが行われており、自然に人と人がつながれる、子育て世代にも住みやすい街です。

熊本うちわ祭
熊本うちわ祭
熊谷うちわ祭
熊谷うちわ祭は、当地に鎮座する八坂神社の祭礼です。八坂神社は、文禄年間(1592年~)京都の八坂神社を勧請し、現在の鎌倉町の地にある愛宕神社に合祀されたもので、京都の八坂神社の末社にあたります。
うちわ祭りの起源は、この手数のかかる赤飯の代わりに、料亭「泉州」の主人が江戸から買い入れた渋うちわを客に振舞ったところ評判となり、のちに各商店でも赤飯の代わりにうちわを出したため、「買い物は熊谷のうちわ祭の日」と言われるようになりました。
第二次世界大戦中に一時中止となりましたが、終戦翌年の昭和21年から復活し、熊谷うちわ祭は年々盛大になり、旧市街地の8ヶ町は、本石・石原・伊勢町・桜町をあわせて12ヶ町となり、山車・屋台のあの勇壮な熊谷囃子は人々の心を躍らせます。
熊谷次郎直実
熊谷次郎直実
熊谷次郎直実
平安時代末期から鎌倉時代初めにかけて活躍した熊谷郷の武士。源平の合戦での活躍が有名で、源頼朝をして「日本一の剛の者」と称えられました。しかし、一の谷の戦い(1184年)で、自分の息子と同年代の平敦盛を討ち取ってからは戦場に姿を見せなくなり、出家して名を「法力房蓮生(ほうりきぼうれんせい)」と改め、法然上人(ほうねんしょうにん)の門に入り、修行に励みました。その数奇な一生は、『平家物語』や歌舞伎(かぶき)・浄瑠璃(じょうるり)など文学や演劇の世界でも語られています。晩年、熊谷に戻った蓮生が念仏を唱えるために建てた草庵が、現在の熊谷寺(ゆうこくじ)の始まりと言われています。
星溪園
星溪園
星溪園
元和9年(1623年)荒川の洪水により、当園の西方にあった堤が切れて池ができ、清らかな水がわき出るようになったので「玉の池」と呼ばれるようになりました。
その後、慶応年間から明治初年にかけて、熊谷市の発展に数々の功績を残した竹井澹如翁が、ここに別邸を設け「玉の池」を中心に木や竹を植え、名石を集めて回遊式庭園をつくりました。
昭和25年(1950年)熊谷市が譲り受け、翌年「星溪園」と名づけ、昭和29年(1954年)に市の名勝として市の文化財になりました。平成2年から4年にかけて、建物と庭園の整備がなされ、建物は数寄屋感覚を取り入れ、復元されました。
星川
星川
星川
元和9年(1623)の荒川の氾濫によりできた「玉の池」(現・星溪園)からわき出る清流を源としていました。水がことのほか清く、染物を洗ったり、子供たちが水遊びをしたといいます。また、昭和20年(1945)8月14日に熊谷は米軍の空襲を受けて、星川でも多くの犠牲者がでました。
その後、熊谷市では、熊谷の玄関としてふさわしい顔づくり、文化の香り漂う市民のオアシスとして、市街地の中央を流れる星川の景観整備を進めました。
昭和50年(1975)から広場を設け、各広場に彫刻像を設置し、「水と緑と彫刻のプロムナード」として広く親しまれ、昭和62年(1987)、第1回さいたま景観賞を受賞しました。現在は「星川シンボルロード」として、名実ともに熊谷の「顔」になっています。
聖天山
聖天山
聖天山
現在の歓喜院聖天堂は宝暦10年(西暦1760年)に建立されました。
彫刻技術の高さに加えて、修理の過程で明らかになった漆の使い分けなどの高度な技術が駆使された近世装飾建築の頂点をなす建物であること、またそのような建物の建設が民衆の力によって成し遂げられた点が文化史上高い価値を有すると評価されました。
日光東照宮の創建から百年あまり後、装飾建築の成熟期となった時代に、日光東照宮の修復にも参加した職人たちによって優れた技術が惜しみなくつぎ込まれた聖天堂は、「江戸時代装飾建築の分水嶺」とも評価され、江戸時代後期装飾建築の代表例です。
このたびの国宝指定は、埼玉県の建造物として初の栄誉であり、昭和25年の文化財保護法の制定以降、熊谷市においては初めての国宝指定となります。

熊谷市の概要

熊本市

総人口196,968人(推計人口、2019年11月1日)
相談窓口熊谷市総合政策部企画課 電話:048-524-1115
市町ホームページhttps://www.city.kumagaya.lg.jp/
子育て支援保育園 36園(待機児童なし)、 幼稚園 15園 子育て支援センター 19か所、 児童センター 48か所
学校小学校 29校、 中学校 16校、 高等学校 7校